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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9786号 判決

原告 吉永プリンス株式会社

右代表者代表取締役 吉永通雄

右訴訟代理人弁護士 杉本良三

同 藤本博光

同 西川茂

被告 株式会社マルマン

右代表者代表取締役 片山豊

被告 万世工業株式会社

右代表者代表取締役 宮田饒

右両名訴訟代理人弁護士 田倉整

同 吉原省三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「一 被告株式会社マルマンは、別紙説明書及び図面記載の発火石支持装置を有するガスライターを販売し、販売のために展示してはならない。

二 被告万世工業株式会社は、別紙説明書及び図面記載の発火石支持装置を有するガスライターを製造・販売し、販売のために展示してはならない。」

との判決を求め、

その請求の原因として、次のとおり述べた。

「一 原告は、左記実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。

考案の名称 ライターの発火石支持装置

出願 昭和四一年六月六日

公告 昭和四三年三月七日

(実用新案出願公告昭和四三―五三三四)

登録 昭和四三年九月二五日

登録番号 第八五四六〇二号

二 本件考案の実用新案登録請求の範囲は、

「内部の発火石収納孔1に沿って比較的幅広の溝2を上面に施した収納部材3を、ライター本体4の上部に取付けた発火輪5の支軸6に軸設し、かつ後端に収納孔1内に挿入する押圧部7と収納部材上面を被覆する蓋8とを一体に形成した支持部材9をバネ10をもって弾設し、該押圧部7(本件実用新案公報には「該支持部7」と記載されているが、「該押圧部7」の明白な誤記である。)により発火石aを発火輪5に強接するとともに、前記溝2を通して外部から発火石aを見えるようにしたライターの発火石支持装置」

である。

三 本件考案の明細書(別添実用新案公報記載のとおり)の「考案の詳細な説明」の欄には、本件考案の作用として、次のとおり記載されている。

「本考案は上述のように収納部材3を形成してなるため、発火石aを収納する場合には第一図鎖線のように支軸6を支点として横方向に回動し、収納孔1の開口端を露出して発火石aを装填することができ、また装填後には前記復帰用バネ11をもって元の位置に戻すと、常にバネ10により前方へ弾撥されている支持部材6と衝合し、同時に押圧部7が収納孔1の開口部に収まって発火石aを押圧する。また使用に伴い発火石aが摩耗するとそれに比例して徐々に支持部材が前進して溝2の寸法を短かくし、最終時には溝2を完全に埋めて発火石が無くなったことを示す。」

四 前記本件実用新案登録請求の範囲及び本件考案の作用の記載からすれば、本件考案の構成要素は、次のとおりである。

(A)  内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材を有すること。

(B)  収納部材は、ライター本体の上部に取り付けた発火輪の支軸に軸設されていること。

(C)  収納部材後端に、収納孔内に挿入して発火石を発火輪に強接する押圧部と収納部材上面を被覆する蓋とを一体に形成した支持部材を、バネをもって弾設してあること。

(D)  前記溝を通して外部から発火石が見えるようにしたこと。

五 本件考案の効果は、本件実用新案公報の記載によれば、次のとおりである。

(1)  収納部材の上面に設けた溝をとおして発火石を外部から見ることができるようにしたので、従来の支持装置と異なり発火石の確認ができて完全に無くなる前に新たな発火石と交換することができる。

(2)  発火石の摩耗に伴い、支持部材が徐々に前進して溝を埋め、発火石の寸法を短かく表示するのでその減り具合がさらによく分る。

(3)  支持装置全体がライター本体上にあるため使用ごとに発火石が眼につき、発火石の装填も容易で使いよい。

六 被告万世工業株式会社(以下「被告万世」という。)は、別紙説明書及び図面記載の発火石支持装置を有するガスライター(以下「本件物件」という。)を、「チロル」という名称で製造・販売し、販売のため展示しており、被告株式会社マルマン(以下「被告マルマン」という。)は、本件物件を販売し、販売のため展示している。

七 しかして、本件物件の構成は、次のとおりである。

(A′) 内部の発火石収納用溝(1)(番号は、別紙目録図面の番号を示す。以下同じ。)に沿って同溝(1)よりやや幅広の開口部(2)を上面に施したブロック体(3)を有すること。

(B′) ブロック体(3)は、ライター本体(4)上部にある発火操作輪(6a)の上軸(6)及びタンク(15)上面のねじ(16)によって固定されていること。

(C′) ブロック体(3)の上面後端には、溝(1)に挿入して発火石を発火輪(5)に強接する押圧部(7)と開口部(2)の上面を被覆する石押体上部(8)とを一体に形成してなる石押体(9)ガバネ(10)を作用させたカム(10a)でもって弾設してあること。

(D′) 前記開口部(2)を通して外部から発火石(a)が見えるようにしたこと。

八 本件物件の作用は、発火石の装填方法が、石押体(9)をコイルバネ(10)に抗して後方へ押して開口部(2)を通して溝(1)を開口させ、該溝(1)に開口部(2)を通して発火石を挿入した後に石押体(9)を戻すという点において本件考案における発火石の装填方法と相違するが、その他の点では本件考案と全く同一である。

効果は、本件考案と本件物件とは全く同一である。

九 そこで、本件考案と本件物件の構成を、その作用効果を考慮しつつ比較すると、次のとおりである。

(一) AとA′

1 本件考案における「収納孔」と本件物件における「溝(1)」とは、表現が異るのみで同一であり、

2 本件物件の「開口部(2)は、溝であることには変りはなく、また、その「溝(1)よりやや幅広」の開口部(2)というのは、要は上面に施した溝を通して外部から容易に発火石を見ることができるための構成を指すことに変りはないから、本件物件の「溝(1)よりやや幅広の開口部(2)」は、本件考案の「比較的幅広の溝」なる概念に包含される。

3 本件物件における「ブロック体」は、本件考案における「収納部材」と均等である。なお、この点については後に述べる。

以上のとおり、本件考案と本件物件とは、AとA′の構成の点において、ほとんど同一である。

(二) BとB′

1 本件考案の「収納部材」と本件物件の「ブロック体」とは、その名称こそ異るが、発火石を収納する部材である点では両者同一である(ただ、本件物件はその形状において、本件考案の実施例とは異るが、その相違も単なる設計変更にすぎない。)。

2 本件考案では、収納部材が「発火輪の支軸に軸設」されているのに対し、本件物件では、「発火操作輪(6a)の上軸(6)及びタンク(15)上面のねじ(16)によって固定」されている点が異るが、これはいずれも収納部材又はブロック体を固定する手段の相違(相違といっても、本件物件においてはタンク上面のネジによって固定している点が付加されているにすぎない。本件物件においても発火操作輪の上面に軸設してある点には変りない。)にすぎないのであって、これもまた設計変更の域を出ないものである。

本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、単に「発火輪の支軸に軸設」と表現されていて、実施例に示されているような収納部材が回動することを要件としているものではない。仮に、収納部材が回動することを要件としているとしても、本件考案と本件物件の両者は、技術的には均等である。すなわち、ライター業界においては、発火石の収納機構において、本件考案における実施例のように収納部材を回動して同部材の後方より発火石を収納するものと、本件物件のように収納部材は回動せず発火石を収納部材の横や上方又はライター底部から収納するというようなものとの二種類が本件考案出願前から広く行われていたところである。したがって、当業者においては回動式をとるか、固定式をとるかは、何等の工夫を要せずして行ないうることであって、両者は均等である。

(三) CとC′

この構成の点においても、押圧部と蓋(本件物件にあっては、石押体上部と表現されているが、表現が異るのみで実体は同一である。)とを一体に形成し、これをバネをもって弾設するという点では同一である。

なお、本件物件においては、バネを作用させたカムで弾設するという構成をとるが、発火石を発火輪に強接するという作用効果は本件考案と同一であるから、この点の相違は、単なる設計変更か、あるいは利用考案にすぎない。

(四) DとD′

全く同一である。しかも、本件考案にあってはこの点が最も重要な要素であることは、明細書の記載によって明らかである。

一〇 以上によって明らかなように、本件考案の構成A、B、C、Dと本件物件の構成A′、B′、C′、D′とは同一であり、その作用効果もほとんど同一である(発火石の装填方法の相違はあるが、この相違は収納部材が回動するかしないかによって生ずる相違であり、回動の有無が当業者の慣用手段である以上、これに伴う装填方法の差異は微差にすぎない。)。

一一 したがって、本件物件は本件考案の技術的範囲に属するものであるから、その製造販売等につき差止めを求めるため本訴に及んだ次第である。」

被告ら訴訟代理人は、答弁及び主張として、次のとおり述べた。

「一(一) 請求原因一は、認める。

(二) 同二は、「明白な誤記」であるとの点は不知、その余は認める。

(三) 同三は、認める。

(四) 同四及び五の主張は、争う。

(五) 同六は、認める。

(六) 同七ないし一一の主張は、争う。

二 本件考案の技術的範囲について

(一) 本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案は、次の構成が一体となっているものである。

A 内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材を有すること。

B 右収納部材をライター本体の上部に取り付けた発火輪の支軸に軸設してあること。

C 右収納部材の後端には、収納孔内に挿入する押圧部と収納部材上面を被覆する蓋とを一体に形成してなる支持部材をバネをもって弾設してあること。

D 右支持部材の押圧部によって発火石を発火輪に強接すること。

E 発火石を発火輪に強接する際、前記溝を通して外部から発火石が見えるようになっていること。

(二) ところで、このうちAの「比較的幅広の溝」は、本件考案の明細書の冒頭に、「本考案は内部の発火石収納孔1に沿って比較的幅広の溝2を上面に施した収納部材……」とあるから、収納孔とは別のものであると解さなければならない。そして、この溝は、右明細書の「発火石aを収納する場合には、第一図鎖線のように支軸6を支点として横方向に回動し、収納孔1の開孔端を露出して発火石aを装填することができ……」との記載と、明細書添付図面第三図に、内部が円筒形の収納孔が示され、その上部に収納孔1の直径より狭い幅の溝2が示されていることからして、発火石の幅よりは狭いが内部を透視するに充分な幅の溝を指すものと解される。すなわち、溝2の幅が発火石の幅以上であれば、単に支持部材9を後に引いておいて溝2の上部から発火石を入れればよいのに対し、わざわざ収納部材3を回動可能に設け、これを回動させて収納孔の開口端から発火石を装填する構造にしていることは、溝2の上部からは発火石を装填することができないことを示している。そしてまた、溝2の幅を発火石の幅よりも狭くするということは、支持部材9を不用意に後に引いても発火石がこぼれ出ることがないという効果をも有している。したがって、前記Aの構成における「比較的幅広の溝」という要件は、発火石がこぼれ出ない程度の、すなわち、発火石の幅よりも狭い範囲における比較的幅広の溝と解すべきである。

(三) 次に、前記Bの収納部材が発火輪の支軸に「軸設」してあるとは、右明細書の、「発火石aを収納する場合は第一図鎖線のように支軸6を支点として横方向に回動し」という記載や「収納部材3をライター本体4の上部に取付けた発火輪5の支軸6に軸設し」という記載及び添付図面第一図などから見て、収納部材が発火輪の軸に回動自在に軸設されていることを指しているものと解される。また、このように解さなければ明細書でいうように発火石を内部にある収納孔の開口端から装填することはできないわけであり、発火輪の支軸に軸設されている収納部材が添付図面第一図に示されているように回動することが、本件考案の必須の要件である。

(四) したがってまた、前記Cの構成における収納部材の後端に支持部材を設けるということの意味も、前記A、Bの構成を前提とすることによって正確に理解できる。すなわち、本件考案にあっては、発火石の収納部材が添付図面第三図に示されるとおり独立した部材をなし、これが回動自在に発火輪の支軸に軸設されているわけであり、その収納部材の後端に別個の支持部材が設けられ、これが収納部材の内部の発火石に弾設されている。そして同時に、支持部材は、収納孔と溝に嵌合して、収納部材を定位置に支持する作用もしており、支持部材という名称からも、その作用が不可欠であると考えられる。

(五) 本件考案の構成は、右のとおりであるから、本件考案の効果として明細書に記載されているところのうち「発火石の装填も容易で使いよい」ということは、収納孔の開口端から発火石を装填し、装填後はバネ11により収納部材が自動的に定位置に復帰することを意味していると解される。

(六) 本件考案を右のように解すべきことは、本件考案の出願経過及び先行技術からみても肯定されるところである。すなわち、本件実用新案登録請求の範囲は、当初「内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材を、ライター本体上の発火輪支軸に軸設し、かつ後端に支持部材を弾設して押圧部により上記孔内の発火石を発火輪に強接すると共に、前記溝を通じて外部から発火石が見えるようにしたライターの発火石支持装置」となっていた。これに対し実用新案出願公告昭二五―二六二〇号公報を引用例として拒絶理由が通知されたところ、原告は、意見書において「上記引用例と本願とが同一視される部分は、発火石を外部から見ることができる点にあると思われますが、しかし、本願と引用例とは発火石支持装置自体の構成が異なり……本願の場合にはその構造から発火石収納部材を横に外すだけで容易に発火石の取り換えができるからである。」と主張し、登録請求の範囲の記載を公報記載のとおりに補正して登録されたものである。右の経過からすれば、本件実用新案登録請求の範囲の記載は、原明細書においては比較的抽象的であったところ、実施例に示される構造を具体的に表現し直すことにより、はじめて登録されたもので、実施例のごとき構成に技術的範囲を限定することによって、権利となることが認められたものである。つまり、原告が主張するように、発火石が上から見えるようになっているということが最も重要な構成要素であるとはいえず、実施例に示されるような構成の発火石支持装置としてはじめて成り立つ考案である。

更に、先行技術との関係においてみると、明細書の詳細な説明の項の冒頭にあるように「本考案は発火石の滅り具合を外部から確認することができるライターの発火石支持装置に関するものである。」が、発火石の減り具合が外部から見えるライターは、登録実用新案第三六〇九六六号の説明書(乙第五号証)、登録実用新案第三六八七六一号の説明書(乙第六号証)などによって古くから公知となっており、それ自体考案としての新規な点はない。そして、本件考案のように発火石収納部材の内部の発火石収納孔の上部に比較的幅広の溝を設けて発火石の減り具合が外部から見えるようにしたライターとしては、フランス特許第九四〇七七八号明細書(乙第七号証)がある。この明細書に示されているライターの発火石支持装置の構成をみると、本件考案の構成要素であるA、B、C、D、Eの五点のうちA、C、D、Eをそのまま具えており、わずかにBの点、すなわち、収納部材の取付方法が、右フランス特許では、上方に持ち上げて発火石収納孔の開口部から発火石を装填するのに対し、本件考案では、収納部材を発火輪の支軸に軸設し、横に外して発火石を装填するようにした点が異なるにすぎない。ところが、収納部材を発火輪の軸に軸設し、これを回動可能にし、横に外して発火石を装填するようにした発火石支持装置は、実用新案出願公告昭二三―七八〇号公報(乙第八号証)、登録実用新案第三六四六五六号の説明書(乙第九号証)、同第三六一四五〇号の説明書(乙第一〇号証)などによって、古くから公知であり、結局、本件考案は、右フランス特許のライターの収納部材の取付方法を右の公知の方法に置換したものにすぎない。

そこで、被告は、現在右公知資料に基づいて無効審判を請求中であるが、本件実用新案が権利として存在しているとしても、その技術的範囲を定めるに当っては、右のような先行技術の存在を考慮すべきである。前記フランス特許のライターと比較すれば、収納孔の上部に比較的幅広の溝を設けて発火石が見えるようにしたという点については、何等考案として新規なところはなく、その考案としての内容は、実施例に示される特定の構造に限られると解すべきである。したがって、この点からも本件考案の技術的範囲は前記のように解釈されるのである。

三 本件物件について

(一) 本件物件について前記本件考案の構成要件であるA、B、C、D、Eの構成に対応する構成を抽出してみると、次のとおりである。

A′ 溝(1)の上部に発火石を装填するに足りる幅の開口部(2)を開口したブロック体(3)を有すること。

B′ 右ブロック体(3)は、ライター本体(4)に固定されているタンク(15)にねじ(16)によって固定されていること。

C′ 右ブロック体(3)の上部に設けられている溝(1)の内部には、溝(1)内に位置する押圧部(7)と溝(1)の上面に位置する部分(8)とを一体に形成してなる石押体(9)を溝(1)に沿って前後に移動できるようにカム(10a)、カム押棒(10b)を介してバネ(10)をもって弾設してあること。

D′ 石押体(9)の押圧部(7)によって発火石(a)を発火輪(5)に強接すること。

E′ 発火石(a)を発火輪(5)に強接する際、当初は開口部(2)を通して外部から発火石が見えるが残り少なくなると見えなくなるようになっていること。

(二) 以上のような構成によって、本件物件は、本件考案にはないすぐれた効果を有するものである。すなわち、

a′ 横にはずれる収納部材を有しないため、発火石支持装置をすべてライターケースの中に納めることができ、その結果火口が露出しないので風の影響を受けにくい。

b′ ブロック体の中に発火石を装填するため、特別の収納部材を必要とせず構造が簡単である。

c′ カムを介して石押体を押すため、常に一定の力で発火石が発火輪に圧接するようになっている。

d′ 発火石の装填取出しが容易である。

e′ 発火石の交換時期がわかり易い。

なお、右のe′の点は、発火石を当初は外部から見ることができるが、使用に伴なって摩滅し、残部が一ミリメートル強になると見えなくなるようになっている。これは、ちょうど自動車の燃料計がガソリンが全くなくなる前に零となるのと同じことであって、発火石の交換時期が近づいたことを知らせるものである。すなわち発火石は完全に最後まで使用できるものではなく、ある程度に摩滅すると発火輪の回転によって飛ばされてしまうから、ある程度以上に摩滅したときは、交換の必要がある。しかし、その時期を目視によって判断することは難かしいので、本件物件は、発火石の交換時期が近づいたことを警告すべく、発火石がある程度以上摩滅すると、石が見えなくなるようにしてある。そして、見えなくなった後もしばらくは充分使用に堪えるから、その後適当な機会に発火石を交換すればよいのである。

四 本件考案と本件物件との対比について

(一) 本件物件は、右三記載のとおりであるが、これと本件考案とを対比すると、まず、AとA′とでは、本件考案にあっては発火石が収納されるのは収納部材の内部にある収納孔であり、その上部に発火石の幅よりは狭い比較的幅広の溝が設けられているのに対し、本件物件にあっては、発火石が収納されるのは溝(1)の中であり、その上部は発火石が装填可能な幅に開口している。すなわち、本件物件は、「内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材」を有するという本件考案のAの要件を欠くものである。なお、本件考案において「比較的幅広の溝」を設ける目的は、その溝から発火石の減り具合を目視するためであるが、本件物件において上部に開口部を設けたのは、発火石を装填するのが主目的であり、その目的、効果においても異なるものである。

(二) BとB′については、本件考案にあっては、収納部材が発火輪の支軸に軸設され、回動可能となっているのに対し、本件物件にあっては、ブロック体(3)はライター本体に固定されているのであって、全く異なった構成になっている。すなわち、本件物件は、本件考案のBの構成を具えていない。

本件考案において収納部材が発火輪の支軸に軸設され回動可能に設けられていることが明細書の記載や出願経過・先行技術からみて必須の要件であることは、前述したとおりであり、本件物件が右構成を欠く以上、その余の点を考慮するまでもなく、本件物件は、本件考案の技術的範囲に属しないことは明白である。

(三) CとC′については、本件考案にあっては、収納部材の後端に支持部材が弾設されているのに対し、本件物件にあっては、ブロック体(3)の内部に石押体(9)が設けられ、発火石に弾設している。また、本件考案にあっては、支持部材は、収納部材の収納孔と溝に嵌合して収納部材を適正な位置に支持しているのに対し、本件物件の石押体(9)にはこのような作用は全くなく、この点においても、両者は異なっている。

(四) DとD′とについては、押圧部によって発火石を発火輪に強接している点においては、本件考案も本件物件も同様である。しかし、発火石を用いるライターにあっては、押圧部により発火石を発火輪に強接することは、すべて共通であり、この点が共通であるからといって、本件物件が本件考案の技術的範囲に属することにはならない。

(五) EとE′の外部から発火石が見えるようになっている点については、発火石の減り具合が見えるという点においては、両者は共通のところがある。しかし、本件考案にあっては、発火石が最後まで見えるため、使用者は発火石の減り具合を見て発火石の交換時期を判断しなければならないのに対し、本件物件にあっては、前述のとおり、発火石が一ミリメートル強まで摩滅すると発火石が見えなくなり、交換時期の近づいたことを知らせるようになっているのであり、この点においても、両者は異なる。

(六) 以上のとおり、本件物件は、本件考案の構成要素である前記A、B、C、D、EのうちA、B、C、Eの要素を欠いており、発火石支持装置の構造が全く異なるから、本件登録実用新案の技術的範囲に層するものではない。

よって、原告の請求は棄却されるべきである。」

原告訴訟代理人は、被告らの主張に対し、次のとおり反論した。

「一 被告ら主張二の(二)について

本件考案における「比較的幅広の溝」という意味は、被告らの主張するような「発火石がこぼれ出ない程度の、すなわち発火石の幅よりも狭い範囲における比較的幅広の溝」という意味をもつものではない。実用新案登録請求の範囲にはもちろん、明細書のどこにも被告ら主張のように限定する記載はないのであって、発火石の幅とは無関係である。ただし、本件考案の作用、効果からいって発火石が見えにくいような極端に狭い溝であってはいけないという趣旨であって「比較的幅広」という表現は、かかる意味を表明したに過ぎない。

二 同二の(三)について

被告らは、本件考案において収納部材を発火輪の支軸に「軸設」したことをもって、収納部材を「回動」させるためであり、回動することが本件考案の必須の要件である旨主張する。しかし、ここにいう「軸設」とは、収納部材をライター本体に組み込むとともに、発火石を発火輪で摩擦させるために、収納孔先端を発火輪に臨ませるべく発火操作輪の上軸(6)に収納部材先端を嵌挿したことをいうのであって、決して被告が主張するごとく回動させるために「軸設」したのではない。

三 同二の(四)について

支持部材は、発火石を押圧支持する作用を有するに止まり、収納部材を定位置に支持する作用を有するものではない。

四 同二の(五)について

発火石装填の方法は、本件考案の必須要件には何等関係がない。

五 同二の(六)について

被告は、拒絶理由通知の引用例や意見書の一部を問題とするが、実用新案出願公告昭二五―二六二〇号公報(乙第二号証)記載の先行技術は、発火石を底面より鑢部に対して設けた発火石操置管内に入れ、次に発条を入れ、更に調節把輪を底面に螺着して発火石を鑢に弾設することを通常とする、発火石の装填が至極面倒な従来の装置を、発火石の装填が容易な装置に改良したものであって、右装置管内に挿嵌した発火石を外部から見えるようにしたものではない。その説明書中にも、発火石を見ることができるとの記載がない。

したがって、発火石を見ることができない構成よりなる前記先行技術を引いてされた拒絶理由通知に対し、出願人たる原告が発火石が見えるとして理由を述べた意見書に基づいて、本件考案が登録されたものとは考えられない。原告が右意見書において本件考案の実用新案登録請求の範囲を公報記載のとおりに補正したことと右意見書とは関連がない。このような意見書を提出しながら、本件考案が新規性かつ進歩性を有する考案として登録されたことは、本件考案の要旨を限定した補正書の提出によるものである。

被告は、原明細書においては本件実用新案登録請求の範囲の記載は比較的抽象的であったところ、実施例に示される構造を具体的に表現し直すことによりはじめて登録されたものであると主張するが、原告が補正したのはそのような点ではなく、発火石の減り具合を外部から確認するに必要な要件、すなわち、支持部材を「押圧部(7)と収納部材上面を被覆する蓋(8)とを一体に形成した支持部材(9)」に限定したことによる。したがって本件考案は、出願時から発火石を収納部材上面に設けた溝を通して見ることができるようにしたことを必須の構成要件とするものである。

六 同二の(七)について

被告の挙示する先行技術についてみるに、登録実用新案第三六〇九六六号の説明書(乙第五号証)記載のものも、登録実用新案第三六八七六一号の説明書(乙第六号証)記載のものも、いずれも外部から発火石そのものを確認するということは極めて困難であると認められる。被告は、発火石を収納する部材に溝があれば、直ちに内部の発火石を見ることができるものと考えているが、内部に収納された発火石を外部から直接見ることができるようにするには、内部の発火石にまで相当な光がとどき、発火石に施した色彩が明確に見え、また、発火石の寸法変化を発火石により知ることができるなど、それ相当の条件を必要とする。しかるに、前記乙第五、第六号証のものはかかる点を考慮しておらず、単に発火石を収納する部材の両側に特定の部材を案内する溝を設けただけのものである。したがって、被告主張のごとく溝があるからといって直ちに発火石が外部から確認できるものではない。

次に、フランス特許第九四〇七七八号(乙第七号証)記載の発火石支持装置は、外部から溝を通して発火石を直接見ることができないものであって、その説明中に、発火石を外部から見ることができる旨の記載もない。したがって、本件考案の構成要素A、C、D、Eを乙第七号証が具備するという被告の主張には何等根拠がない。

また、被告は、収納部材を発火輪の軸に軸設し、これを回動可能にし、横に外して発火石を装填するようにした発火石支持装置は公知であるとして、乙第八号証ないし第一〇号証を提出しているが、本件考案の要旨は前述したごとく、発火石を外部から確認しうる構成にあるので、収納部材の回動が既に公知であっても、それは本件考案の要旨にとって何等関係のないものである。逆に収納部材を発火輪の軸に軸設することが既に乙第八号証ないし第一〇号証により公知となっていながら本件考案が存するということは、本件考案における必須要件が発火石を外部から確認しうる構成にあることを明白にするものである。

右のような先行技術の存在を考慮して本件考案の技術的範囲を定めるならば、その考案の内容はライター本体の上面に設けた比較的幅広の溝を通して収納部材内の発火石を外部から確認し得る発火石支持装置にあると解すべきである。」

立証≪省略≫

理由

一  原告が本件実用新案権の実用新案権者であることについては、当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第一号証(本件実用新案公報)には、本件考案の実用新案登録請求の範囲として、

「内部の発火石収納孔1に沿って比較的幅広の溝2を上面に施した収納部材3を、ライター本体4の上部に取付けた発火輪5の支軸6に軸設し、かつ後端に収納孔1内に挿入する押圧部7と収納部材上面を被覆する蓋8とを一体に形成した支持部材9をバネ10をもって弾設し、該支持部7により発火石aを発火輪5に強接するとともに、前記溝2を通して外部から発火石aを見えるようにしたライターの発火石支持装置」との記載があることが認められる。しかして、右記載中「該支持部7」とあるは、「該押圧部7」の誤記であると認めることができる。

二  前記事実によれば、本件考案にかかるライターの発火石支持装置の構成要件は、次のとおりであると認められる。

1  内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材を有すること。

2  右収納部材は、ライター本体の上部に取り付けた発火輪の支軸に軸設されていること。

3  右収納部材の後端には、収納孔内に挿入して発火石を発火輪に強接する押圧部と収納部材上面を被覆する蓋とを一体に形成した支持部材をバネをもって弾設してあること。

4  前記溝を通して外部から発火石が見えるようにしたこと。

三  本件物件を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙説明書及び図面の記載によれば、本件物件はライターであって、その発火石支持装置は、次の構成からなるものであると認められる。

1′ 発火石収納用溝(1)の上部に、この溝(1)に沿って、溝(1)よりもやや幅広の開口部(2)を上面に施したブロック体(3)を有すること。

2′ 右ブロック体(3)は、ライター本体(4)上部にある発火操作輪(6a)の上軸(6)及びタンク(15)上面のねじ(16)によって固定されていること。

3′ 右ブロック体(3)の上面後端には、溝(1)に挿入して発火石を発火輪(5)に強接する押圧部(7)と開口部(2)の上面を被覆する石押体上部(8)とを一体に形成してなる石押体(9)が、バネ(10)を作用させたカム(10a)をもって弾設してあること。

4′ 前記開口部(2)を通して外部から発火石が見えるようにしたこと。

四  そこで、本件考案と本件物件とを対比すると、本件考案では、収納部材が「発火輪の支軸に軸設」されるようになっているのに対して、本件物件におけるブロック体(3)(ブロック体(3)は発火石(a)を収納する部材であってこれを収納部材と称しうることは、原告主張のとおりである。)は、「発火操作輪(6a)の上軸(6)及びタンク(15)上面のねじ(16)によって固定」されているという構成をとっているという点において既に本件物件は、本件考案の構成要件を充足せず、したがって、本件物件は、本件実用新案権の技術的範囲に属しないものといわなければならない。

「軸」とは、通常の用語例においては、回転体の運動の中心となり、それを支えるもの(例、車両の軸)であり、あるいは、先端にある、その物の用を成す部分を支える、棒状の部分(例、ペン軸)であって、ある物の中心となる物という観念が既にその中に含まれており、したがって、収納部材を「発火輪の支軸に軸設」するとの表現は、少なくとも、収納部材が発火輪の支軸を中心として回動しうるものであることを含むものであり、前認定の本件考案の構成要件2の収納部材がライター本体の上部に取り付けた発火輪の支軸に軸設されているとは、その語句の意味と、前掲甲第一号証(本件実用新案公報)の考案の詳細な説明の項及び添付図面の記載並びに成立に争いのない乙第一号証ないし第四号証(本件実用新案出願審査手続上の文書)を総合して考えると、収納部材が発火輪の支軸を中心として回動自在となるように発火輪の支軸に軸設されていることを意味すると解すべきものである。すなわち、本件実用新案公報の考案の詳細な説明の項には、「本考案は上述のように収納部材3を形成してなるため、発火石aを収納する場合には第一図鎖線のように支軸6を支点として横方向に回動し、収納孔1の開口端を露出して発火石aを装填することができ、また装填後には前記復帰用バネ11をもって元の位置に戻すと、……」との記載あり、添付図面第一図には収納部材が発火輪の支軸を中心として横方向に回動することが図示されている。更に、原告は、本件実用新案登録出願について、審査官から実用新案出願公告昭二五―二六二〇号公報(乙第二号証)を公知文献として拒絶理由の通知を受け、これについて差し出した意見書において、「引用例のものにおいて発火石を取り換る場合には、バネを支持するネジを外し、バネを抜かなければ発火石を挿入することができないのに対し、本願の場合にはその構造から発火石収納部材を横に外すだけで容易に発火石の取り換えができる……」と本件考案の要件を説明していることが認められる。

原告は、本件考案において、収納部材を発火輪の支軸に「軸設」するとは、収納部材をライター本体に組み込むとともに、発火石を発火輪で摩擦させるために収納孔先端を発火輪に臨ませるべく発火操作輪の上軸に収納部材先端を嵌挿しただけのことをいうのであって、収納部材を回動させるために軸設したのではないと主張するが、その然らざることは上に説明したところからおのずから明らかである。

原告は、更に、本件考案において、仮に収納部材が回動することがその一つの要件となっているとしても、ライター業界においては、発火石の収納機構として、収納部材を回動してその後方から発火石を収納するものと、回動しない収納部材の横や上方又はライター底部から収納するというようなものとの二種類が、本件考案出願前から広く行われており、したがって、当業者においては回動式をとるか固定式をとるかは何等の工夫を要せずして行ないうることであるから両者は均等であると主張する。しかしながら、前認定の出願審査手続の経過からすれば、原告は、本件考案においては、収納部材を回動式のものに限定した(固定式のものを含むとの点についての開示は全くない。)ものと解すべきであって、その点から、当業者には回動式をとるか固定式をとるかは何等の工夫を要せずして行ないうるところであるという理由で本件物件の収納部材が本件考案の収納部材と均等であるというように主張することは許されないものといわなければならない。

右のように、本件考案における収納部材は発火輪の支軸に軸設されて回動するものに限られるということは、前認定の本件考案の構成要件1に関連しても、これをいいうるところである。すなわち、本件考案の構成要件1は、前記のように、内部の発火石収納孔に沿って比較的幅広の溝を上面に施した収納部材を有することであるが、この場合、溝は、「比較的幅広」であればよく、発火石収納孔よりも幅広であることを要しないことはその文言自体から明らかであり、むしろ、前掲の本件実用新案公報の考案の詳細な説明の項には、前記のように、「発火石aを収納する場合には第一図鎖線のように支軸6を支点として横方向に回動し、収納孔1の開口端を露出して発火石aを装填することができ、……」と記載されており、また、添付図面の第三図には、収納孔よりも幅の狭い溝が図示されているところからすると、本件考案においては、溝の幅は収納孔の幅よりも狭いことを要件とするものと解すべきものである。そうであるとすれば、収納部材は、発火輪の支軸を中心として回動するものでなければ収納部材に発火石を装填することは不可能である。

右のように、前認定の本件考案の構成要件の1と2は、互に関連するものであり、互に関連させて始めて本件考案の構成要件を正しく理解でき、かつ、本件考案が実施可能となるものといわなければならない。ところで、本件物件は、本件考案の前記構成要件1をも充足していない。すなわち、前説明のように、本件物件の開口部(2)は溝(1)よりもやや幅広であって、発火石はその溝(1)の上部の開口部から装填することができるものである。

原告は、本件考案の要件はライター本体の上面に設けた比較的幅広の溝を通して収納部材内の発火石を外部から確認しうるという構成の点のみにあるかのような主張をしているが、その主張の採りえないものであることは、前に説明したところから明らかである。

五  以上説明のとおり、本件物件は、本件考案の構成要件1及び2を充足しないから、本件実用新案の技術的範囲に属しない。よって、これが属することを前提とする原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 高林克巳 野澤明)

〈以下省略〉

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